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新解 われここにあり

例のあいつによる例のあいつのための日記的ブログ

ヒト科と人間

例によってマジレスである

思うに『ヒト科』と人間を分けるのは哲学があるのかないのかであると認識している

人間は人との間に在る

かくして人間。

よく思うけどのが俗にいう「よっ友」であったり

ネットでのみ交流する友人、嫌いな友人は

親友と同じくらいの重要な存在である

ともすれば狭く深くといった関係が一番良いとされがち

少なくとも素晴らしい友人がいることがいい!

という流れが(元々はマイノリティ、最近ではマジョリティとして)見受けられる

親友でないのに親友!と銘打つのもまた多い

ここで提唱したいのが上記の

一般的に重要でないとされる「よっ友」などの

深い親交のないもの達の重要さである

そもそも親友にあまりにも自身と違った価値観を持つものはあまり無い

人間の内面世界は宇宙の広さと同じくらい崇高で多様であるのに偏った人間関係で閉じようとするのは余りにも勿体無い

ここで違うパラダイムを提供してくれるのが

その俗にいう「親しくない人、好ましくない人達」であったりすると考える

もっと柔らかく言うと

ふと挨拶をするだけの関係性の繊細さ

あまり交流してなくともふと思い出す思い出の一つになりうる旧友

世界観の違いとそれゆえに親しい友達の素晴らしさを浮き彫りにしてくれるあまり好きではない友人

の大切さがある

これはあまり捨て置いていいものでないと

直接自分にいい思いをさせてくれるような人々だけに感謝するのでなく

そういった人々へも感謝と畏敬を忘れぬよう

間接的にでなくてその人達に純粋に有り難さを持つことは

自分自身を豊かにしてくれることに繋がる

宗教は好きではないけど

言葉を借りるなら

心の貧しき人は幸いである

天国はその者のためにある

老婆心ではあるが心の貧しき、、

とは性格が悪いとかではない

このへんは是非自分の見地の拡大のためにも

セルフGoogle

慢心することなく生きていきたいと

そういった記事でした